三重県桑名市出身 四日市市在住

水谷 祐紀さん

サルトリア

三重県桑名市生まれ。2007年、『イシダソーイング株式会社』に入社。
その後、東京へ。2009年、パンタロナイオの尾作隼人さんに師事。
翌年、『Sartoria Ciccio』 に勤務。約7年間、針の使い方・生地の沿わせ方を学ぶ。
日本で研鑽を積んで行く中で、新たな目標が。
2018年、イタリアの服を体感すべく単身ミラノに渡る。
ミラノ滞在中に、『Sartoria Guglielmo Rofena』で洋服の作り方を習う。
2020年、四日市の『Brezza』内に自身の工房『Sartoria G.Rochi』を開設。

“縫う”ということ

手作業にこだわり、より良いものを追求し続けてきた
九州と東京で積んだ経験が、今でも自分の服作りを形成している

まず、現在のサルトリア(※1)という職業に就くまでの経緯を教えてください。

中学時代、洋楽好きな友人から音楽を教えてもらったことが始まりで、その人達のファッションに興味を持ったのがきっかけですね。
その頃は自分の中でHipHopが熱くて、ファッションもかなり影響を受けました。
高校卒業後に、名古屋のファッションの専門学校に入学し学ぶ中で、自分はデザインよりも作る方に長けているなと感じました。メンズをやりたいというのは根本にありましたので、自分なりに洋服の歴史を遡り、メンズの基本の紳士服に興味を持ちました。そこで基本を学ぶべく、2007年に紳士服の製造会社『イシダソーイング株式会社』に入社しました。自分自身は三重県出身なのですが、せっかく仕立て技術を学ぶのであれば、手作業を多く取り入れているところが良いと思い、九州の会社を選びました。ここで2年半働いてみて紳士服の奥深さを知ったのと、そこで関わった人達との交流で、ますますこの仕事が面白いし素敵だと感じました。そこでクラシックの世界を勉強していくうちに、「これを自分の職業にしたい!」と思えるようになったのです。

2年後の2009年、より良い物を探求する為に東京へ。『Sartoria Ciccio』で働くことを目指しての上京だったんですが、すでに人が決まっていて働くことは叶いませんでした。そんな自分に、Ciccioオーナーの上木規至さんが、パンタロナイオ(パンツ職人)の尾作隼人さんを紹介してくれ、パンツに対する情熱に感銘を受け、尾作さんに師事しました。そこで仕事の厳しさや難しさを体感しながらも、パンツ作りのいろはを学んだのです。
翌年、『Sartoria Ciccio』 で働く機会をいただき、サルトリア上木さんのアシスタントをさせていただくことになりました。針の使い方や生地の持ち方や沿わせ方、そして〝柔らかく縫う〟とはどういうことかを学びました。これがとても難しいことなのですが、適度な強さで縫い、生地と生地、生地と副資材が常に自由である事と理解しました。この経験が、今でも自分の服作りを形成する大きな役割を果たしています。約7年間、Ciccioで働いている際、上木さんの右腕的職人として活躍していた石川和男さんにも多くのアドバイスをもらいました。このように業界屈指の方々に関わることができ、自分自身の中で更に目標が芽生えてきました。

※1 サルトリア…洋服屋。イタリア語で仕立て屋やテーラリング技術のこと。英語ではtailor(テーラー)。 伝統的な仕立て技術を使って仕立てたスーツをサルトリア・スーツ、仕立て技術のことをサルトリア・テーラリングなどと呼ぶ。

単身ミラノへ

渡伊の話を聞かせてください。

日本で研鑽を積んで行く中、自分の想いで一から十まで表現することを目標とするようになりました。そこでCiccioを退社し本場の感性を体感すべく単身ミラノへ渡りました。今後自分で活動していくためにも、言葉では表わせられない感覚を身につけることが必要だと思ったのです。縫うことに加え、街の工房の空気感や雰囲気、また人々の日々の過ごし方も体感したかったです。実際にドゥオーモの中心地では、スーツをかっこよく着こなす方を見かけることができました。
そして、ミラノで毎年開催されているサルトリアの祭り『Sant’Omobono』に参加させていただいたのですが、どのサルトリアの方もそれぞれ個性があり、とても興味深かったです。シチリア生まれの方は南の雰囲気があったりと、衿の感じも三者三様に感じました。スタイルは異なりますが、皆さん胸のボリュームには特に重きを置いている印象でした。祭りは日本で言うと懇親会のような雰囲気で、とても素敵だと思いましたし、毎年歴史を紡いでいる事にはとても重みを感じました。どうあらがっても覆し難い年月の重みは、アジアの昨今の隆盛期に多大な影響を与えているからです。
自分自身がイタリアでお世話になったのが、『Sartoria Guglielmo Rofena Milano』 という店で、そこのサルトリアの肩周りの構築と胸のボリュームの求め方、感覚の鋭さは秀逸でした。線の引き方一つで出来上がりが変わるのです。一年弱しか滞在していませんが、イタリア人が作る物と日本人が作る物はどこにボリュームを持っていくかなど求める物が違うのだと分かりました。また自分の感覚で作業を進めていくイタリア職人の仕事振りを目の当たりにし、日本の感覚と大きな違いを感じました。

自分たちの使命でもあるサルトリアの存続・継承

ミラノには多くの日本人や韓国人がサルトリアの修行に来ています。アジアの富裕層の中でビスポーク(※2)が流行している中、サルトリアの人口が増えることにより、自分自身の技の習得だけでなく、サルトリアを知ってもらえるきっかけになればと思っています。経済都市ミラノだからこそ多くのサルトリアが集まり、協会が存続してこれたのだと思います。黄金期世代の方々がご健在の間に、その雰囲気を感じ取り継承していくことが自分たちのもう一つの使命であるとも感じています。

※2 ビスポーク…英語のbe-spokenからできた言葉。オーダーの服や靴を、お客様の体型や好みに合わせて仕立てじっくりと話し合いながらベストなものをつくり上げること。

仕立てる

一枚の布からジャケットへと

採寸や手縫いについて、水谷さんのこだわりを教えてください。

ジャケットを胸囲に合わせ採寸し仕立てる事で、ジャケット下部分の生地がストンと落ち綺麗なラインが出ます。尚且つ〝着ている人自身の着用時の軽さ〟と〝見た目の軽やかさ〟の両方を叶えることが可能なんです。そのジャケットを着て歩く姿が軽快で、格好良く見える仕上がりを目指しています。採寸がジャケット作りの要と言えますね。
そしてこの採寸を元に型紙を起こし、全て手作業で生地を縫い合わせていきます。一枚のジャケットはあらゆる部位から構成されており、主に胸囲部分を基準に作っていきますが、自分が特に意識していることは首回りのフィット感です。その人に合った美しいラインが出るように、タイトに仕上げていきます。例えば、襟の内側と外側でも円周が違うので、生地を縮めたり伸ばしたりして縫っていくのです。この微妙なカーブを美しく仕立てられるのは、手縫いだからこそです。
既製品では表すことはできない美しい曲線は、イタリアの物作りでも重要視されており、自分の服作りに対するプライドはここにあると思っています。

ミラノでは今でも洋服の神様の祭りが開催されている。

『Sartoria Guglielmo Rofena』の仲間たちと。

アトリエ『Sartoria G.Rochi』

三重県四日市市に店舗を構えるセレクトショップ『Brezza』との出会い、そしてご自身のアトリエ『Sartoria G.Rochi』の開設に至るまでを教えてください。

クラシックテーラード界の巨匠ダルクオーレ(※3)のトランクショーが三重県のBrezzaで行われているのは国内外で話題になっていたので、イタリアに行く前からBrezzaの存在は知っていました。そこでイタリアからオーナーの佐藤博雄さんにメールを送ったのです。実際に佐藤さんにお会いして、その人柄に惹かれ、33歳で日本に帰国した時に佐藤さんのスーツを作らせていただきました。その着こなしを見たBrezzaのお客様からオーダーをいただけるようになり、自分もダルクオーレのようにトランクショーを開催することができました。その様子を見た佐藤さんから「この腕をたくさんの人に知ってほしい」とアトリエ開設のオファーをいただけたのです。
そして晴れて2020年2月10日、34歳の時にBrezza内に工房『Sartoria G.Rochi』を開設することができました。アトリエは店内に入った正面に設置させていただき、お客様から工房の様子を見てもらえるようにしてあります。サルトリアの仕事は一般的ではないので、少しでも自分の仕事をお客様に見ていただけると嬉しいです。

※3 ダルクオーレ…ルイジ・ダルクオーレ。26歳という若さで、自身のスーツ仕立て屋『SARTORIA DALCUORE』を開いた。イタリアのみならず世界中で高い評価を受けている。コロナ禍前は毎年『Brezza』でトランクショーも開催していたが、2021年2月27日逝去。

『Brezza』内に開設した工房『Sartoria G.Rochi』

①コロナ渦前は巨匠ダルクオーレ(中央)が来日していた。②『Brezza』の前で、オーナーの佐藤さん(右)と。

次に目指すのは、ブランドの確立

フルハンドメイドの良さを、伝えたい

それでは最後に、水谷さんの今後のビジョンについてお聞かせください。

規模を拡大し、きちんとした会社にして従業員も雇えるようにしていきたいです。今もたくさんのお客様に支えていただいていますが、受注の安定は不可欠になると思います。需要と供給のバランスを取るために、いただいた受注をしっかりと進行できる安定した環境を作ることが今後の目標です。
ビスポークは、いくつもの工程を重ねて完成します。採寸から始まりお渡しできるようになるまでに、調整のため何度か来店いただくことになります。時間はかかりますが、この工程を踏むことで、完璧にお客様に合ったスーツを仕上げることができるのです。
〝サルトリア〟や〝ビスポーク〟は、多くの人に馴染みのある言葉ではないかもしれませんが、フルハンドメイドを着用した時のしっくりくる感じを多くの方に体感していただけたらと思います。そして、日本にも〝きちんとしたスーツやジャケットがカッコいい〟というマインドが広がっていくと嬉しいです。そのためにも、この仕事を続けていきます。小倉でお世話になった人たちの「ここを離れても、とにかくこの仕事をやり続けてくれ」という言葉が、今でも自分を奮い立たせる原動力になっています。

1.まずは肩から足元にかけて細かく採寸

2.好みのイメージに合わせて生地選び

3.採寸した数字を元に型抜き

4.工房内でそれぞれの生地を縫い合わせる

5.仮縫いの後には生地の特徴も踏まえてのファーストフィッティングをする。

6.微調整のためセカンドフィッティングをし、最終調整をして仕上げていく。この段階をきちんと踏むことで、その人により合う形へと作られていく。針と糸を巧みに操るRochiの作業は見ていて惚れ惚れするほど見事なもので、Brezzaという空間を更に贅沢なものにしていた。

INFORMATION

Sartoria G.Rochi

住所 四日市市西新地13-13 ダテビル1F
定休日 火・水曜日
営業時間 11:00〜19:00
TEL 059-352-1918
Instagram @sartoria_g.rochi
Website brezza-uomo.jp
※お店の情報が変更になる場合がございます。詳しくは、各店のHPやSNSでご確認ください。